予防接種のときはキメて行く—ドイツの診療所の「見えないドレスコード」

病院に行くだけなのに、今日は少し気合いを入れている。

いつもは最低限に身だしなみを整えて、カジュアルな感じで、朝、ドタバタと娘を幼稚園に送りとどけるわたしですが、そのあと検診や予防接種で診療所に行くときは、いつもより念入りなメイク、そして少しエレガントな装いで出発。

幼稚園に着いたら、ママ友が、
「あら、今日はシックね!どこかに行くの?」と、目をきらきらさせて、何かいい話が聞けそうな顔をしている。

少し気まずい感じがするけど、正直に答える。
「うん、インフルエンザの予防接種にいくの。」

きょとん——
「へえー、予防接種に行くのに、そんな格好してきたの?」

ドイツは階層社会。
ファーストクラスと一般市民。
乗り物だけでなく、医療においても。

ドイツの健康保険は、一般的な公的保険と、お金持ちや公務員などが入るプライベート保険に分かれています。プライベート保険の人は、明日にでも予約を取れるのに、公的保険の人は予約2、3か月以上待ちは珍しくない。

イジワルな私は、オンラインで新しく医者の予約を取るとき、一度プライベート保険を選んでみます。公的保険とどれくらい予約の取りやすさが違うのか、つい比べてしまうのです。

その差を見て、この医師はどんなふうに患者を見ているのだろう、と考えてしまい、ここに予約するか、別の医者を探すかを迷ってしまいます。

また、完全に美容目的ならまだしも、病気を治す診療所で「プライベート保険のみ対応」という表示を見つけると、
……なんとなく、素直に尊敬しきれない気持ちが残ってしまう。
そして、そういう診療所に限って、親切で予約も取りやすい、という評価が並んでいるのです。

どうやら話はそれだけではないらしい。

かつて、娘たちのドイツ人のおばあちゃんは言っていました。

「わたし、そんなお金持ちじゃないけど、髪やネイルなど、身だしなみを整えているから、銀行員の態度も、なんとなく良いのよ。それだけで、尊重されるの。

他の、身だしなみに気を遣ってないお年寄りは、ひどい対応されてるのよ、いつも。

それだけ見た目って影響するのよ〜」 と。

これはドイツで生活していると、ひしひしと感じること。

さすがにスーパーでの買い物ではそんなことはないけれど、病院や銀行、役所などでは、いかに自分がファーストクラスに属するような人間か——そんな雰囲気を醸し出すことで、不親切な対応を回避できることもある気がします。

受付や窓口では、嫌な対応に当たる可能性が高い場所でもあります。もちろん、生まれつきとても親切で笑顔の方もいるのですが、その日の機嫌に左右されることが多い、という印象です。
言い方がひどかったり、予約が取りにくかったり、手続きがスムーズに進まなかったり。

だから、ちょっとでも気分よく、ことが終わることを考えての戦略が、上級市民に変装することです。
(ちなみに、いつも優しいスタッフの診療所には、キメていきません。)

名前の前に、「ドクター」や「プロフェッサー」の肩書きがあれば、それだけで十分にステータスになるのだろうけど、残念ながら、わたしにはそれがない。

だからせめて、ちょっとでも、すんなり注射を受けられるように。
ちょっと混んでいるからといって、出直してこいと言われないように。
悪態をつかれて、嫌な気分にならないように。

オシャレして病院に行くのです。

根拠はないけど、威厳だけは持っていく。

受付が忙しく、不機嫌でも、堂々とした佇まいを貫き、動じない自分を演出。
変なドイツ語がバレないよう、口数は少なく、でもはっきりと話す。
常に姿勢をよくし、保険証もスマートに出す。

こんなふうに、女優になる必要があるのです。

あー疲れるわ!病院いくだけなのに!

それに、キリスト教って、神のもとに人々は平等じゃなかったっけ?

そういえば、ヒポクラテスの誓い というものもあったはず。
「自由人と奴隷の区別なく医術を行う」

……気のせいかな?

医療の前に、人は平等なはずだった。
でもここでは、まず「どう見えるか」から始まる。

飛行機や電車のファーストクラスなら理解できるんです。
料金を払えば、快適さが上がる。

でも、医療はどうでしょう。

早く診てもらえる人と、待たされる人。
丁寧に扱われる人と、そうでない人。

それは本当に「サービスの違い」なのか、それとも——

ただの、見えないクラス分けなのだろうか。

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