世の中には、2種類の子どもがいる。
鼻の穴にビーズなどの異物を入れてしまう子と、絶対にそんなことをしない子だ。
わたしの経験から、鼻にモノを入れてしまう子は決まって外向的。興味を抑えることができません。大人に叱られるとわかっていても、カーテンや服などをハサミで切ってしまうことも。
ちなみにこれは、わたしがドイツの幼稚園で、娘のクラスの子どもたちを観察して生まれた、偏見まじりの結論です。(次女はごはんつぶを鼻に入れてしまった過去があります。照)
もちろん、外向型と内向型は、どの人もどちらかに傾いているけど、いつも両極端ではない。
それでも、子育てを経験する前のわたしは、「外向的=フレンドリーで活発」「内向的=おとなしくて静か」という、よくあるイメージをそのまま持っていました。
自分が内向的なので、物怖じせずに自分を出せる、外向的な人が羨ましかったんです。
でも、対照的な娘を二人を育てていく中で、その理解は少しずつ変わっていきました。
外向的な次女と一緒に外出すると、いつも感心します。
周りの景色をよく見ていて、道や行き方をしっかり覚えているのです。
「なるほど、外に意識が向いている子は、こういうところを自然に見ているんだな」と大発見。
一方で、内向的な長女、そして幼少期のわたしはというと、移動中も意識は自分の内側に向きがち。
寒い、足が疲れた、これから行く場所で何をするんだろう。
親と手をつないで歩いてはいるけれど、どんな道を通ったかはほとんど覚えていません。
育てていく中で気づいたのは、外向的・内向的の違いは、「フレンドリーかどうか」よりも、意識がどこに向きやすいかの違いだということです。心理学でいう外向的、内向的の違いが腑に落ちた瞬間でした。
次女は、嬉しい、楽しい、欲しい、嫌だ、腹立つ、という感情を素直に出します。
体感として、外向型は、外からの刺激で生まれた感情を、行動抑制が弱めな傾向(例: 鼻にビーズ)もあって、外に出して処理しやすいように感じます。だから、感情表現が豊かで、周りへの影響力があります。
「生きやすいだろうなあ」と、長女とわたしは、いつも羨望の眼差し。
でもそれ以上に次女から学んだのは、嬉しい、楽しいといったポジティブな感情は素直に大きく出すことによって相手やまわりにも喜びを与えるんだ!ということ。自分もそうしよう!と思いました。
一方、内向的な長女は、自分が繊細なぶん、相手に与える影響を考えて、自分の言動や行動を選びます。自分がされて嫌なことは、相手にもできない。
また、内向型で育った経験は、相手が内向型の場合に、心地いい距離感で近づいたり、配慮のある言動で安心感を与えます。これを、長所として、伸ばしていけばいいんだと思いました。
確かに、生きやすいのは外向的の方でしょう。
外向型は、人間関係のストレスを自覚しにくく、刺激耐性が高い傾向があります。自分が一気に距離を詰められても平気なため、勢いよく距離を縮めて相手を不快にさせても、本人は気づかないから、気に病むということがあまりない。
内向型は、他者の反応に敏感だし、不快感やズレを強く認識しやすい。そして、繊細さを併せ持つ人が多い印象があります。
でも、どちらがいいかは一概には言えないと感じるのです。
どちらも、それぞれに生きやすさと喜びがあり、甲乙つけがたいからです。
外向型が日常で感じやすい強みは、すごくわかりやすい。
外からの刺激をエネルギーに変えやすく、自分の基準で行動しても消耗を引きずりにくいこと。結果として、生きやすさを感じやすい点にあります。
外向型が一般的に、人間関係の中で、交流や活動、ポジティブな感情を他者と共有することで幸福感を得やすいのに比べ、内向型は、少人数との関係の中で、理解されているという実感や、安心感のある深い結びつきから、幸福を感じやすい傾向がある。
外向型、内向型、どちらも人は自分の基準を他人に当てはめて行動するけれど、外向型は、悪意なく、自分のペースで踏み込みがちになることがある。
外向型が「配慮できない」「共感できない」と言いたいわけではない。学習や経験で十分に補正される。なにより、外向型の積極さのおかげで、交流が生まれるということも多いし、親しみを感じて接近してきてくれるのは、非常にうれしい。
ただ、内向型は相手との距離に慎重でいようとすることが多い。深いつながりになる前に、本当に近づいても安全な相手かどうかを確かめようとするから。
そのため、ゆっくり距離を近づけ、踏み込みすぎない関わり方になりやすい。結果として、特に内向型相手に安心感を与え、心地良い距離感ととらえられることが多い。少数でも、深い繋がりを築く関係が生まれやすく、そこには言葉にしなくても通じるような、独特の安心感があります。
時間をかけて信頼関係を築くと、どこか深いところで理解されてる感じがする。
これは、外向型がくれるカラッとした陽気さとはまた別のもの。
内向型の人が、自分のことを理解し、寄り添ってくれる相手を見つけたら、それは何もにも代え難い宝物になります。それは生きにくさをカバーして上回るほどの喜びにもなります。
内向型同士の安心感は、「同じ前提で世界を感じている」という確認からきます。
それは、外向型的な、元気づけるとか明るくするという関わりとは異なり、「あなたもそうなの? もう安心していいよ、わたしもそうだから」という、説明も、正当化も不要の、ありのままを受け入れられる感覚。
生きづらさを長く感じてきたからこそ、それがほどけた瞬間に、「生きてて良かった」と思えるほどの幸福感を味わえること。それこそが、内向型ならではの大きな価値だと思います。
ただし、わたしがこう感じられたのは40歳を過ぎてから。人生の折り返し地点や、後半で、そう感じられる場合が多いのかな。
こんなふうに、対照的な娘二人を育てて、自分が学ばせてもらっています。
せっかくだから、わたしはいいとこどりをしたいなと思って、外向型のいいところをまねするように心がけています。嬉しかったり、楽しかったら、いつもより大きめに表現しよう!と。
場面場面で、しなやかに反応できる人こそが、最強なんだなと思います。


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